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新潟ふらっと散歩「勝楽寺」港町の歴史が残るお寺

新潟の港の歴史をひっそりと語る「勝楽寺(しょうらくじ)」はご存知ですか?黒船の来航によって開港された港町新潟には、食や文化、建物に多く残されています。そんな新潟港の歴史を垣間見ることができる西堀の寺町の「勝楽寺」をご紹介しましょう。

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このまとめ記事の目次

新潟・西堀通りの「お寺通り」にはお寺がわんさか!

photo/筆者

新潟市西堀通りに建ち並ぶ大小43ヶ寺は新潟の約500年の歴史を感じさせる。

出典:www.pref.niigata.lg.jp

西堀通りは、昭和35年まで堀(西堀)でしたが、新潟国体を境に埋立てられて道路となってしまいました。道路脇に残る柳の並木に昔の堀跡を偲ぶことが出来たりします。

出典:www.najiranet.com
現在、その埋め立てられた堀が残ってとしたら、それはそれで風情のある街並みが残されていたのかもしれません。

新潟が水の都、柳都(りゅうと)と呼ばれるのはその名残といえましょう。

幕末「新潟開港」の歴史が残る「勝楽寺」

photo/筆者

1605年(慶長10年)十二世了覚御坊の時、多くの檀中とともに新潟に移住しました。
本堂は明治時代の建物となっております。

出典:niigatamill.com
元々勝楽寺は、福井県で新潟にゆかりの深い”親鸞上人”のお弟子さまが創設されたお寺ですが、縁あって当時の新潟町にお引越し。

現在の本堂は明治時代に建てられたものですが、外国船係留所となった新潟港開港の際には一役も二役も買ったことは明らかです。

photo/筆者

”イギリス領事官”があった「勝楽寺」

photo/筆者

新潟は幕末に開港5港の1つに選ばれましたが、信濃川の河口港である新潟港は当時、折悪しく土砂が堆積して港が浅くなり、貿易港には不向きな状況でした。

出典:www.city.niigata.lg.jp

佐渡の港を補助港にする条件で決着しました。しかし、そこに明治維新の混乱も加わって、新潟の開港は先行する他港に比べて10年ほど遅れ、1869年となってしまいました。

出典:www.city.niigata.lg.jp
日本が鎖国をといて開港条約を結び、横浜・神戸・長崎・函館・新潟の5つの港が外国船係留所として開かれたことはご存知かと思います。

新潟には”イギリス領事館”が一番最初に置かれ、明治2年から10年間に渡り4人の領事館が執務し、勝楽寺は国際港の歴史的舞台のひとつなりました。

「勝楽寺」本堂

photo/筆者

勝楽寺勝楽寺の創建は文永10年(1273)、圓善坊(親鸞聖人の直弟子:和田義盛)によって開かれたのが始まりとされます。

出典:www.niitabi.com

1867年(慶応3)6.11 アメリカ軍艦シャナドー号(公使ファルケンブルグ乗組),新潟に来航し,勝楽寺で新潟奉行と会見する。
7.9 フランス軍艦ラプラース号(艦長アメット)新潟へ来航,勝楽寺で新潟奉行と会見する。

出典:www.pref-lib.niigata.niigata.jp
新潟港は川港のため、水深が浅いことでイギリス、ドイツ、オランダの領事館は開港後10年ほどで撤退してしまいました。

新潟の開港場としての建物の歴史は”運上所”「旧新潟税関庁舎」(旧税関・国重要文化財)が残されています。

本堂から振り返ると見える風景

photo/筆者

良寛てまりの碑・こしの千涯(せんがい)

筆者撮影

良寛さまは、自然を愛し子供を愛し、生涯寺を持たず、人々に人はどうあるべきかを自らが示すと共に書家であり、詩人・歌人でもありました。

「こしの千涯」は、生涯を通して”良寛さま”を敬愛し、固執し描き続けた画家です。

「時の鐘の碑」・時の鐘のはなし

photo/筆者

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ライター紹介このまとめ記事を書いた人

Kemuyuぷち旅行好きで☆お菓子好き♪
チョットした歴女?!かもしれません。
違った視点で、旅行を楽しむポイントご紹介できたらうれしいですっ

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